万葉の花ごろもについて
万葉という時代
日本最古の歌集である「万葉集」が詠まれたのは、日本が国家としての「日本」を試行錯誤しながら築き始めた時代でした。正倉院に残る宝物の数々を見ると、このころの日本は大陸の国際色にあふれ、いまのわたしたちが想像する‘古い日本’のイメージとは少し違った、光や色彩にあふれる万華鏡のような世界であったことがわかります。万葉集にはそんな時代に生きた天皇から庶民に至る様々な身分の人々の、飾りのない心、素朴で純真な想いが込められています。
万葉びとと植物
万葉集の4500首に及ぶ歌の中の約1500首に植物が詠まれています。万葉名で登場するそれらの植物たちは特定できないものも多くありますが、約150種類の植物に分類されるといわれ、万葉びとが生活の中でいかに植物と密接に関わっていたことが分かります。
ぬばたま
万葉集には「ぬばたまの」という言葉が80首の歌に登場します。黒・夜・暗・闇などにかかる枕詞です。では‘ぬばたま’とは何か?調べると、それはヒオウギの実であることが解りました。そして、そのヒオウギは我が家の庭先で夏になると艶やかな朱色の花を咲かせる見覚えのある植物だと気づきました。遠い昔の言葉だと思っていたものは、実は自分の身近にある植物の呼び名だったのです。
光沢のある黒い実は確かに深い深い奈落に通じるような闇を想像させますが、万葉びとはなぜこんな小さな「ぬばたま」を枕詞として使ったのか・・・驚きと同時にそんな疑問も覚えました。もしかすると、万葉の時代に‘ぬばたま’について皆が持ち合わせていた共通認識のようなものを、我々はいつの間にか忘れてしまったのかもしれない。そんな想いが万葉の植物に対する好奇心の湧泉となり、「万葉の花ごろも」をつくるきっかけとなりました。
私は万葉びとの愛した植物をテーマにきものをつくることで、日本人が忘れかけている心の源流を表現してみたいと考えます。