山鳥(ヤマドリ)
思へども 思ひもかねつ あしひきの 山鳥の尾の 長きこの夜を
作者不詳(11-2802)
いくら物思いをしても思いは尽きない。あしひきの山鳥の尾のように長いこの夜を
2802歌には注として次の歌が添えられていますが、こちらの方が知名度は高い。
或る本の歌に曰はく
あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を 独りかも寝む
あしひきの山鳥の尾のしだれた尾のように長々とした夜を、一人で寝るのかなあ
声に出して口ずさんでみると「の」のくり返しが心地よい。小倉百人一首にも収録されるこの歌は柿本人麻呂の作とされていますが、万葉集ではなぜか作者不詳となっています。人麻呂の代表作に「淡海の海 夕波千鳥 汝が鳴けば・・・(巻3-266)」の歌がありますが、心にじわっと染み入るような響きの良さには共通するものを感じます。2802歌も含めたいへん秀逸なこの歌は、口伝えで親しまれるうちに、その味わいの深さゆえ人麻呂の歌ととられるようになったのかも知れません。
ヤマドリはキジ科で日本固有種の留鳥です。
メスは全長が約55cmほどでカラスよりも大きな体ですが、オスは尾が長いため全長が約125cmとなり、キジのように派手ではありませんが特徴のある姿の鳥です。オスはその大きさからも目立ちそうに思われますが、警戒心が強くなかなか人目につかない鳥で、野山で出会う機会は少ないようです。それは昔も同じだったのか、万葉集では(上2首を含めると)5首に詠まれていますが、ヤマドリの様子を描いた歌はありません。
ヤマドリには「メスとオスが峰を隔てて寝る」という伝承があり、そこから「ひとり寝」の寂しさを伴うイメージが生まれたのでしょう。長い長い夜をひとり寂しく恋しい人を想いながら寝る、という歌の主体である下句の、その長さを例えるための序詞としての上句でヤマドリが使われるのは、単に尾が長いからという連想だけではないのですね。
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