なのりそ考①-なのりそとは?
万葉集には「なのりそ」という名の植物が十三首に登場します。
なのりそは、通説では海藻ホンダワラ科の「ホンダワラ」とされています。その風変わりな名前は日本書紀の故事に由来するものです。
日本書紀巻十三の允恭天皇の条に次のような話があります。
允恭天皇十一年の春三月の癸卯(みづのとう)の朔丙午(ついたちひのえうまのひ)に、茅渟宮(ちぬのみや)に幸(いでま)す。衣通郎姫(そとほしのいらつめ)、歌して曰はく、
ことしへに 君も会へやも いさなとり 海の浜藻の 寄る時時を
時に天皇、衣通郎姫に謂(かた)りて曰はく「是の歌、他人(あたしひと)になきかせそ。皇后、ききたまはば、必ず大きに恨みたまはむ」とのたまふ。故(かれ)、時人(ときのひと)、浜藻を号(なづ)けて、奈能利曽毛と謂(い)へり。
允恭天皇には、衣服に包まれた身の美しさが衣服を通して外に輝くほどに美しい衣通郎姫という妃がいました。その郎姫は皇后の妹ではありましたが、皇后のねたみ、恨みを恐れて、天皇の住居から離れた河内に茅渟宮をつくりそこに住むようになりました。天皇はしばしばそこに行幸するようになりましたが、皇后はそれが万民の苦しみになるという理由で戒めました。そのため天皇の足も衣通郎姫から遠のくことになります。それから約一年後、天皇が久々に茅渟宮に行幸になったときに衣通郎姫は歌を詠みました。
いつまでも変わりなくあなたにお逢いできるわけではありません。海に浮かぶ藻が波の寄せるのにまかせて、たまたま浜辺に寄りつくように、ごくまれにおめにかかれるのです。この歌を聞いた天皇は衣通郎姫に言いました。「この歌は他の人には聞かせてはならない。皇后が聞いたなら、必ずお恨みになるに違いない。」
そのため、この話を伝え聞いた人々がその浜藻のことを「な告りそ藻」と呼ぶようになりました。
「いさな」はクジラのことで「いさなとり」は海の枕詞です。「な・・・そ」で強い禁止を表します。「告(の)る」は言う、告げるの意ですから「決して言うなの海藻」ということになります。
衣通郎姫が見た浜に打ち寄せられた海藻が何なのか?それは浜辺ではよく見かけるものなのでしょう。古い本草書では「ホンダワラ」をあてています。
このような逸話から、万葉集など歌に詠まれるなのりそは「言ってはならない」や「名を言うな」の意味で使われたり、「名は告らしてよ」「名は告りてしを」などの枕詞や序詞に用いられています。
コメント