令和

4月1日の新年号発表のとき、私はいつものように何とはなしにラジオの中継に耳を傾けていました。

『令和』

「れいわ」という響き、そして万葉集からの出典と知ったとき、胸が熱くなるのを覚えました。

大宰府で行われた梅花の宴。当時、梅はまだ一般的な樹木ではありません。奈良時代より少し前に中国から伝来した梅は、当時の文化人たちにもてはやされた好尚だったことは、ここで歌われた32首からも伝わってきます。

我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも
大伴旅人(巻5-822)

大宰帥で梅花の宴の主宰者、大伴旅人の歌です。

国家の形態がやっと整い始めた時代、日本の礎となった万葉人たちは、当時ハイカラだった梅の花を愛でながら、新たな時代を予見し、期待に胸を踊らせていたに違いありません。

我々も『令和』という新しい時代を、当時の旅人たちと同じ想いで迎えられたらいいな、、そんなことを考える今日この頃です。

新年号『令和』心から歓迎いたします。

大伴旅人の歌を元につくった訪問着はこちら

万葉表記:梅、宇米、烏梅、汗米、宇梅、有米、干梅 わが園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも 大伴旅人(巻5-822) わが家の庭の梅が花びらを散らしている。まるで空から雪が流れてくるようにうつくしい 梅は西暦650~700年頃、日本に渡来しました。時は大化改新の大クーデターの後、額田王が華やかに歌を読...

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