ブログ
天の川
銀河鉄道の夜
- 2011-10-08 (土)
- 日常の言の葉
天の川銀河が好きで、いつか清らかに澄んだ夜空をめざし、満天の天の川の星々を眺めることが夢です。
天の川といえば「銀河鉄道の夜」。昔読んだ記憶がありますが、どんなストーリーだったか定かでないため読み返してみて、改めて宮沢賢治の発想や表現の豊かさを再確認、再発見しました。
白鳥座から始まって、こと座、わし座、いて座、さそり座、ケンタウルス座、そして終着駅の南十字座へと進む列車の旅。ジョバンニとカムパネルラが目にする光景のなんと美しいこと。
青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすゝきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆれてうごいて、波を立てているのでした。
次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧くように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。
もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。
銀河鉄道に広がる美しい世界は、賢治が思い描いた“天上=天国”の光景なのでしょう。それゆえ、美しさと隣り合わせに切なさを抱かせるのだと思います。人間の生と死、そして幸福のかたちもこの光景の一部分として存在しているのです。
賢治が白鳥座から南十字座へと列車を走らせたのは、その向かう先が‘銀河の中心’であることを示しているのではないだろうか。天上のその中心、そこにはいったいどんな光景が広がり、どのような秩序をもった世界なのだろうか?
賢治の言葉で聞けないことが残念です。
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