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私の万葉集
月の水
天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月読の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をちえてしかも
作者未詳(巻13-3245)
天に架かる橋も長くあってほしい。高い山ももっと高くあってほしい。月の神が持っている若返りの水を取ってきてあなたにさしあげて若返らせたい。
万葉の時代、人々はどのように月を見ていたのか。
月には清らかな泉が湧き出ていて「月読」という男の神が月齢を数えながらそれを守っている。その水は「変若水(をちみず)」といい、老いを若さに変え、死を再生させる力を持っている。
自然は1年という周期で死と再生を繰り返します。そして、かつて暦の基準であった月もまた、満ちては欠け、欠けては満ちと再生を繰り返す。
万葉人がそこに神秘性を感じ、「変若水」を想像し、それを求めようとしたことを、日常生活の中で月との関係が希薄になった私たち現代人が理解するのは難しいのかもしれません。
水に関する様々な危機
水の惑星-地球。その水も清らかであってほしい。
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時の花
時ごとに いや珍しく 咲く花を 折りも折らずも 見らくし好しも
山上憶良(巻19-4167)
四季折々にたいへん珍しく咲く花を、折ろうとも折らなくてもながめ見るのは良いことだ
その季節々でしか見ることができない花々(植物)がある。
例えばカタクリなどのスプリング・エフェメラルと呼ばれるもので、カタクリは木々が芽吹く前の、地面に陽光がとどく時だけに出現し、すぐに姿を消します。
昔の人はそういった花々の移ろひをよく知っていたのですね。
万葉人は移ろふ花々を「時の花」と呼びました。とても素敵な表現だと思います。
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結び松
たまきはる 命は知らず 松が枝を 結ぶ心は 長くとぞ思う
大伴家持(巻6-1043)
霊魂の極みの命はわたしの手の中にはない。ともあれ、松の枝を結ぶわたしの心は命長かれと思うのみ
松は四季緑を絶やさないことから常盤木と呼ばれ吉祥文に用いられてきました。
また、松の長寿は、そこに神秘的な力、霊が宿ると感じられ、“神の降臨を待って祈る木”であったため、その名の由来も神を“まつ”木ということからきたものだとされます。
そんな霊力のある松の枝を結ぶことで、人は神に願いを込めて祈りを捧げるようになりました。
時に無事を祈り、再会を祈り、幸くあることを祈り・・・
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言霊
神代より 言ひ伝て来らく そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり・・・
山上憶良(巻5-894抜粋)
神代の昔から言い伝えられるには、大和の国は神が威厳をもって守る国、言霊が幸いをもたらす国と、語り継ぎ、言い継いできた・・
日本では昔から言葉には不思議な力が宿り、声に出すことでその力を発動することができると信じられてきました。それが言霊です。
今、日本人にとどまらず、世界中の人々が被災地のために祈り、応援の言葉を送ってくれています。
私はそれら一つ一つの言葉が言霊となって被災したみんなに届くことを祈っています。
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