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日常の言の葉 Archive

訪問者

アトリエの二階には下絵を描くときに使う仕事机があります。
ベランダの脇にカリンの枝が張りだしていて、天気の良いときは後から後からにぎやかな訪問者が訪れるのを窓から見ることができます。

今日、最初の訪問者。

メジロ

メジロ

毎日のようにやってくるメジロ。写真には納まらなかったけどつがいで来ます。

二番目の訪問者はシジュウカラ。

シジュウカラ

シジュウカラ

こちらもいつもつがいで来ます。

ときにはカップルがはちあわせ。

メジロとシジュウカラがこんにちは

メジロとシジュウカラがこんにちは

チチチチチ・・・・・・と決まって鳴いてくれるのは、「やってきましたよ~」と呼びかけているからなのかしらん。毎日の楽しみになっています。

その他にも、スズメ、ヒヨドリ、ゴジュウカラ(らしきもの)など、枝からこちらをきょろきょろ眺めては飛び去っていきます。「オマエコンナヘヤノナカデナニヤッテンダヨ~」と言われているみたい・・・。

 

 

雪景色

梅の枝の雪

梅の枝の雪

雪が積もりました。久々に見る一面の白い世界は新鮮で綺麗ですね。

「雪月花」という言葉があるように、雪は昔から美しいながめの代表です。万葉集でもたくさん詠まれているんですよ。

我が宿の 冬木の上に 降る雪を 梅の花かと うち見つるかも
巨勢宿奈麻呂(巻8-1645)

わが家の冬の枯れ木の枝に降る雪を、梅の花が咲いたのかと思って見てしまった。

梅の花が散るのを「雪が降るようだ」と詠ったものがありますが、これはそれとは反対に雪を花のようだと詠んでいます。今も昔もあまり変わらないものですね。

 

 

ロゼット

東京は昨日、今日と続けて雪が舞いました。日差しがないと寒さが身にしみるこの季節、野に花々が咲きだすのはまだまだ先なのですが・・・ちょっと地面に目を向けてください。

空地や畑、川原、そして道路と壁とのわずかな隙間にも植物たちがへばりつくようにそっと生えています。

冷たい北風を避けながらわずかな太陽の光を精一杯に受け取るために葉っぱを放射状に広げた植物の姿を“ロゼット”と呼びます。

ハルノノゲシ

ハルノノゲシ

メマツヨイグサ

メマツヨイグサ

ノゲシ

ノゲシ

オニタビラコ

オニタビラコ

アメリカフウロ

アメリカフウロ

ロゼット葉の中でも、‘ナズナ’は成長段階で葉っぱの形が違い、見ていて飽きません。私の好きなロゼットです。

ナズナのロゼット

ナズナのロゼット

同じように‘タンポポ’も変化に富んだ美しいロゼットを見せてくれます。

タンポポのロゼット

タンポポのロゼット

ロゼット葉で冬を越す植物は他にもたくさんあるのですが、成長した姿とうまく結びつかず正体不明なものも多くあります。

いろいろなロゼット

いろいろなロゼット

観察を続けて行く末を見届けようと心に決めてはみるものの、哀しいかな忘れてしまうんですよ。

霜が降りて白く凍ったロゼットを見ると、なんともいじらしい気持ちになりますが、これは植物の‘たくましさ’であり‘美しさ’なのだととらえた方が良さそうです。

小春日和の日にはみなさんもロゼットを探しに散歩に出てはいかがですか?

 

とりよろふのロゼットをモチーフにしたきものはこちら

冬の華-ロゼット

 

 

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事
大伴家持(巻20-4516)

新しい年の初めに立春が重なった。今日降る雪のように ますます良いことよ重なれ。

万葉集の最後を飾る大伴家持の歌です。

私は「あらたしき・・・」ではじまるこの歌が大好きで、お正月には必ず声に出して歌うことにしています。

2012年が幸多き年となりますことを心よりお祈り申し上げます。

今年もとりよろふをどうぞよろしくお願い致します。

 

黄葉(もみぢば)

玉川上水の秋

玉川上水の秋

いつも目にしている玉川上水の風景。葉っぱが黄色く色づきました。

‘もみじ’は漢字で書くと「紅葉」。でもこれは平安以降のことで、万葉の時代はもっぱら「黄葉」と書かれていました。では、万葉の時代は紅く色づく木は少なかったのでしょうか?

日本はカエデ類が豊富な国だといわれています。おそらく当時もそう変わりはないはず。もしかすると黄変するもみじを美しく思う気持ちが強かったのかもしれませんね。

“黄葉(もみぢば)の”という言葉は「移り」「過ぎ」「あけ」にかかる枕詞です。

見れど飽かず いましし君が 黄葉の うつりい行けば 悲しくもあるか
余明軍(巻3-459)

いつまでも見飽きずいらしたあなたが黄葉のように移ろい去っていったので、なんと悲しいことよ

これは失恋の歌ではありません。大伴旅人がなくなったとき、彼に仕えていた役人、余明軍が詠んだ悲しみの歌です。

「移ろふ」というのは、どこか「無常」にも結びつくような、きわめて日本的な心のありようだと思います。

黄葉を見ると日本人は、知らぬうちにそんな想いを起こさせられるのでしょう。

とりよろふの黄葉はこちら
珠衣シリーズ「黄葉の」

 

 

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