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文様のこと

洲浜文について

スハマソウ

スハマソウ

春の陽だまりの中、スハマソウが咲いていました。

葉っぱの形が面白い植物ですが、名前の由来もそこにあります。

スハマ(洲浜)というのは、河から運ばれてきた土砂が積もってできた、海に突き出た洲のこと。入り組んだ形が面白いことから文様化されました。

洲浜文

洲浜文

どうですか?葉っぱの形がよく似ていますね。

洲浜文のそもそもの起こりは、古く平安時代から宴席の飾りものとして使われた「洲浜台」であるようです。

州浜台を囲んでの宴

州浜台を囲んでの宴

洲の形に似せた台を松竹梅や鶴亀で飾って、中国の伝説の理想郷、「蓬莱山」に見立てた洲浜台が慶事などで使われるようになり、後にお正月や結婚式の島台として肴を盛るようになりました。

洲浜文は浜辺のものなので、鳥や波と一緒に用いられることが多いのですが、洲浜取りとして文様の区切りに使われることもあります。

形はユニークな洲浜文ですが、その起こりを考えると‘吉兆’をもたらす、吉祥の意味も隠れていそうです。

 


菊百花繚乱

菊の花が盛りです。ちょっと歩くだけでいろいろな種類の花を見ることができます。

菊の花いろいろ

菊の花いろいろ

園芸花として人気が高い菊は、当然のことながら文様としても数多く登場します。天皇家の紋章としても有名ですね。

菊と水を組み合わせた「菊水」という文様をご存知でしょうか?

菊水文様小袖 江戸前期

菊水文様小袖 江戸前期

流水に菊の花が半分浸かっているような文様をお皿や湯のみなどに見ることもありますよね。
なぜ‘菊’と‘水’なのか不思議に思った方も多いはず。

菊水文様

菊水文様

これは、仙峡に群生する菊の花からしたたり落ちる露が不老不死の霊薬となって流れるという中国の故事に基づくもの。吉兆をあらわすモチーフです。

そんなこんなで、器に菊を浮かべてお酒を飲んだら、香りもいいし、長生きするわで、
是非是非毎晩・・・といきたいものです。

 


尾花について

尾花

尾花

ススキってちょっと地味な印象の植物ですよね。

でも、万葉集にはススキを詠った歌が44首あり、意外に人気があることがわかります。
ススキの穂は動物のしっぽに似ていることから「尾花」とも呼ばれていますが、この名前だとずいぶん趣が違って感じられますね。

人皆は 萩を秋と言ふ よし我れは 尾花が末を 秋とは言はむ
作者不詳(巻10-2210)

人はみんな、秋はやっぱり萩だね~というけれど、自分は尾花の穂先の感じこそが秋らしいといいましょう。

こんな歌が残っているくらいだから人気の程がうかがえます。

我が宿の 尾花が上の 白露を 消たずて玉に 貫くものにもが
大伴家持(巻8-1572)

我が家の尾花の上についた白露が消えずに、糸を通して宝石のネックレスみたいになったらいいのにな。

イメージとしては真珠でできたネックレスやブレスレットのようなものなのでしょうか。家持はなかなか洒落た人だったようですね。

「枕草子」でも

秋の野のおしなべたるをかしさは薄(ススキ)こそあれ・・・

と紹介しています。平安時代でもススキの風情は人気だったようです。

‘武蔵野文様’というのをご存知でしょうか。

武蔵野文様

武蔵野文様

ススキの葉が乱れる中に露の玉を散りばめたもので、広がりを持ったススキ野を表現したものです

武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ

私が住む東京都国分寺市あたりも、江戸の初期にはススキ野が広がっていたのでしょう。
ススキは武蔵野の象徴であり、美術・工芸にも多く使われることにより広く人々の心にそのイメージを植えつけました。

生活の面でも、日本の家屋の屋根を葺くために用いられたススキは人々に不可欠な存在でした。しかし、今はその役目も終え、ススキ野は人々の視野からも、心の中からも消えてゆく風景なのかもしれません。


牡丹文

牡丹は「富貴花(ふうきか)」とも呼ばれ、「百花の王」として中国唐代においてたいへん人気を博した花です。その姿には圧倒的な存在感がありますね。

牡丹

牡丹

「唐草文」でも取り上げたように、文様としてもよく使われます。

牡丹唐草

牡丹唐草

牡丹にはおなじみの組み合わせがあります。

○ひとつは「牡丹に獅子」
これは紅白の牡丹と獅子が登場する能、「石橋(しゃっきょう)」によって一般に広まりました。

○もう一つは花札でおなじみ「牡丹に蝶」
宮中で牡丹が満開になり、黄白の蝶が群がってきたのでそれを捕まえるとすべてが金に変わった─という中国、唐代の伝説と
やはり中国において、荘子が夢で胡蝶となって牡丹に戯れたという故事に基づくものとされます。


葵文

‘葵文’というと、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?

おそらく多くの方が徳川家の家紋を連想されるのではないでしょうか。

徳川葵

徳川葵

これはフタバアオイを図案化したものです。ちょうどこの季節に花を咲かせます。

フタバアオイの葉

フタバアオイの葉

フタバアオイの花

フタバアオイの花

さて、葵は家紋だけではなく、きものの文様としてもしばしば登場するのですが、そのデザインを見るたび私はいつも疑問を感じてしまうのです。

多くの植物文様の場合、実物と比較すると「なるほど~」と理解できるものですが、葵の場合、その特徴的な葉の形以外にはいくらにらめっこをしても類似点が見つからないのです。大体、花の形が違い過ぎるし、蕾のようなもの見当たらない。さらに、葵は山間に見られるものなのに流水と組み合わされることが多い。なぜだろうか・・・?

葵の文様

よく見られる葵の文様

調べているうちに私はある推論を思いつきました。

河骨(コウホネ)という水草があります。

コウホネ - Wikipediaより

家紋にもなっているのですが、それが葵文と驚くほど似ているのです。

丸に頭合わせ三つ河骨

丸に頭合わせ三つ河骨

枝河骨

枝河骨

どうやら、江戸期において将軍家への気遣いから葵紋が家紋として使えなくなったため、代わりにこの河骨紋を使うようになったようです。

やがて、徳川の時代が終焉したとき、河骨紋の特徴が葵の文様に受け継がれてしまったのではないか? っということは、庶民にとっては「葵」も「河骨」もあまり馴染みのない、どちらもよく分からない植物であったということか・・・。

これはあくまでも推論です。どなたかお詳しい方がいたら教えてください。


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